Wellnest Home

REPORT

未来への手がかりを掴みに
―ドイツ・スイス視察紀行―

株式会社WELLNEST HOME
代表取締役社長 中谷哲郎
ウェルネストホームが、ずっと向き合ってきたテーマのひとつ「省エネ建築」。
エネルギー(CO₂)をいかに削減して、ランニングコストを抑えるかということですが、ヨーロッパの環境先進国では、さらに進んだ一歩として、建築時のエネルギー消費をいかに削減するかに重きを置くようになっています。そんなドイツ・スイスの最先端事例を見てきた代表取締役社長の中谷哲郎が、この春の欧州視察をふり返ります。

春の訪れを待つドイツへ 

日本では桜が咲き、春めく陽気に誘われる頃。
仲間とともに渡ったドイツでは、春の暖かさはなく、まだ冬の寒さが残っていた。
「省エネ建築と再生可能エネルギーという事業領域における、日本では見られない、新しい取り組みを見に行く」という目的のもと、我々は、12年間欧州への視察を重ねてきた。
持続可能な建築が見られるヨーロッパの国々のなかでも、ウェルネストホームがとくに注目してきたのはドイツとスイスである。ある程度の経済規模があり、国民の生活水準も含めて、日本が参照するに相応しく、そして、ウェルネストホームが向き合っている木造建築が普及している地域であること。ヨーロッパは、組積造と呼ばれる石造りの建物が多く、木造建築という観点でいうと、アルプスの山々があるエリア、すなわちドイツ南部、オーストリア、スイスを中心に普及しているため、その辺りの建築が参考になるというわけだ。

自然と共に生きる選択 

そもそもドイツとスイスでは、なぜ省エネ建築や持続可能なまちづくりが発展してきたのだろう。美しいアルプスの山々に囲まれ、自然を身近に感じながら暮らすと、環境を大切にしようとする意識がおのずと高まるのだろうか。
もちろん、それもあると思う。が、環境に対する意識だけでは、世の中を変えることはできない。そこに経済合理性が存在することが、大きな要因なのだ。
経済合理性とは、平たく言えば、「家」という買い物に対し、当初の支出だけでなく、先々のランニングコストを念頭に入れて、省エネ建築を選ぶということだ。
例えば、ある家は月々2万円の光熱費を払って、30年に一度建て替えが必要なのに対し、初期費用は3割高いけれど、光熱費は3000円で済んで、100年持つ家があれば、30年、60年、90年と住み続ける場合のコストを考えたときに、どちらが有益かは自明ではないだろうか。

よい家のものさし

そういう経済合理性から選ばれてきた省エネ建築だが、ドイツなどヨーロッパ各国では「エネルギーパス」と呼ばれるものが、家の売買や貸借において、提出が義務づけられている。言うなれば、家の燃費証明書、つまり、一年間を通して快適な室内温度を保つために必要なエネルギー量を可視化したもので、多くの人々が省エネ建築を求めるきっかけになっていると考えられる。
一方、日本には、燃費証明書はもとより、住宅を建てるときの断熱性能の義務基準などは定められていない。そのため、省エネ建築を日本で普及させようとすると、つまずいてしまうというわけだ。地震の多い日本では、耐震にまつわる規制やルールは存在するが、断熱(省エネ)という観点は、これまで重要視されてこなかったのだ。そこで、2011年に日本エネルギーパス協会を立ち上げ、日本でエネルギーパスを発行するところから始めた。そこから15年を経て、ようやく2025年に日本でも断熱の最低基準が法律化されることになった。
もうひとつ、ドイツやスイスを視察するたびに痛感するのは、普通に、家は100年住み続けるものと考えられていることだ。祖父母が建てた家に、孫の代まで住むケースが少なくない。さらに、その家は必ずしも戸建ての重厚な造りの家とは限らず、賃貸の集合住宅であることも珍しくない。賃貸の集合住宅であっても、しっかりと作られていて、快適な暮らしが保証されているので、一生住み続ける人が少なくないという。
人生に一度、家を買いたいという思考を多くの人が持つ日本との違いに考えを巡らせながら、スイスの小さな村にある省エネ住宅にたどり着いた。

合理性と快適性の追求

スイスの中央に位置する水辺の古都ルツェルン。その南に位置する小さなホルフ村にある、木造のZEB集合住宅は、木造建築の工務店シェアホルツバウの元社長ヴァルター・シェアさんのプロジェクトだ。もともとは依頼を受ける立場の工務店だったが、既存の設計事務所の設計に疑問を感じて、既存の事業を息子に譲り、妻とふたりで設計事務所シェアラウムを立ち上げたのだ。
これまでの設計に無駄が多いと感じていたヴァルターさんは、木材で空間格子の建築ユニットをつくり、ユニットを積み上げたり、横につなげることで、コストダウンを図るというオリジナルの工法だ。そして実際に、その工法でつくったのがこの集合住宅なのだ。3.5m × 3.5m × 3mをワンユニットとして、それを4つ組み合わせて一部屋、6つ組み合わせて一部屋という具合に部屋の大きさを決めることで、設計が完了していく。
現在築5年というその木造の集合住宅には、シェアラウムのオフィスも入っている。
地下1階、地上4階に13世帯が住んでいて、その全世帯が使う1.5倍のエネルギーは太陽光がうみだしているほか、地中熱を回収して暖房などに使うなど、電気供給が自給自足できるので、まさにゼロエネルギーだ。
木造4階建ての建築は、日本では消防法など、防火の面でハードルが高いのだが、ユニットをつくって建てるという工法は新しく、参考になった。今回の木造ZEB集合住宅のように、快適な集合住宅が賃貸でこれだけ普及していることを目の当たりにすると、日本の現状を変えたいという想いが一層強くなる。

正しい循環のかたち

次に向かったのは、スイスの北西部、フランスとドイツの国境にあり、街の中心をライン川が流れる、スイス第3の都市バーゼル。現代建築の街としても知られる。今回訪れたのは、視察の目玉とも言える最先端のサーキュラー建築「ELYS」だ。
これは、スイスの女性建築家バルバラ・ビュッセルさんが手がけたもので、もともとコープの食品倉庫だったところを、事務所や店舗などの複合施設にリノベーションしたものだ。
これがまさに、冒頭で触れた、建築時だけでなく資材を製造するエネルギー消費までどれだけ削減できるかという観点でつくられた建物で、建築資材を集めるのに、廃材やリサイクル資材の利用を試みた、ヨーロッパでもかなり先進的な事例である。
木材のほとんどは解体現場から入手。窓は色や形を間違えて発注した不良在庫を200枚もサッシ屋から集めてきたもの。さらに、断熱材についても、ロックウールのリサイクル品を業者から譲り受けたものだ。廃材やリサイクル品をつかうことで、資材の製造時にだすCO₂を減らすことができるという画期的なアイディアなのだ。
さらに、使う資材(窓1個、断熱材1平米など)が、製造時に、どのくらいのCO₂が排出されたのかがデータベースとして公開されていることにも感心させられる。例えば、1トン製造時のCO₂が排出されるところが、リユース品を使うことでゼロになる、というような計算ができることが、ヨーロッパで、サーキュラーエコノミーの建築が誕生する背景にはあるのだ。
ビュッセルさんの会社では、2016年からリサイクル品を使った設計を行っているが、これはヨーロッパでもまだまだ新しい取り組みだ。リユース建築のルールも法律もまだ曖昧だが、CO₂を削減するという国の目標のために、新しいことをはじめる人がぽつぽつと出てきているという印象はある。
さすがに、「ELYS」は日本では見たことのない事例だったが、今後日本でもこのようなサーキュラー建築が増えてくる可能性は大いにある。

そしてはじまりの地へ 

欧州の視察では、ドイツ在住の環境ジャーナリスト村上敦さんや、スイス在住のガーデンデザイナー滝川薫さんなど、省エネ建築や持続可能な地域発展をテーマに活動している方々を通して、行くたびに様々な街で興味深い新しい事例に出会うことができた。その一方で、我々は12年前に初めて視察し、日本で高性能の省エネ住宅づくりを目指す原点 となったフライブルク市のヴォーバン地区に必ず足を運んでいる。
例えば、木造の高層建築はフライブルク市内でも増えてきている。木材は燃やすとCO₂が出るが、燃やさないと炭素固定をしてくれる。この炭素固定が、ヨーロッパでは、木材の大きなメリットとして考えられているのだ。コンクリート造や組積造に比べて製造時CO₂をださないので、脱炭素の文脈からも、年々木造住宅の人気は増している。
フライブルク市は、人口20万人ほどの街だが、建築に対しては早くからパッシブハウス基準を標準にしたり、エネルギーロスの少ない地域熱供給を取り入れたりと、脱原発、脱炭素、脱化石をずっと掲げている国のなかでも、つねに先進的な取り組みを導入してきた街だ。環境への意識だけでは実現しないので、経済と脱炭素をリンクさせているという意味でも、やはりドイツは持続可能な取り組みへの本気度が伺える。
そして、緑のビオトープが溢れる心地よい街並みで、車に頼らない住人たちの豊かな暮らしがあるヴォーバン。日本にも、この景色をつくりたい。初めて訪れた日から、この街への想いは変わらない。あの日のヴォーバンは変わらずにそこにあり、ウェルネストホームの立ち返る場所なのだ。

これからの道標

 今回ドイツとスイスを訪ねて感じたこととしては、木造の高層建築やサーキュラー建築などの先進的な取り組みへの感嘆と、彼らは歩みを止めることはないという実感だ。しかし、私たちも彼らからの学びを日本建築の「蔵」に応用し、独自の自動化するシステムをつくりだし、 省エネ建築として負けていないという実感がある。
2007年に初めてドイツで学んだのは、住宅をインフラとした地球環境に配慮した街区や都市の形成をする取り組みだった。今や私たちも高性能集合住宅の提供で未来のまちづくりに参画するところまできた。これはこれまで戸建て住宅で真摯に性能を追求してきた知見があるからこそ。これからのウェルネストホームはグループとして、高性能な住宅、集合住宅、断熱改修、ホテル・コンドミニアムなどの非住宅も手掛けていく。ウェルネストホームがこの日本で広がっていくことが、この社会へ果たすべき責任と考えているからだ。


出典:baubüro in situ ag
PROFILE
株式会社WELLNEST HOME 代表取締役社長
中谷哲郎

大学卒業後、ジャーナリズムの道へ。ベンチャー雑誌「月刊ビジネスチャンス」、「週刊ビル経営」「週刊全国賃貸住宅新聞社」など多誌に携わる。リフォーム産業新聞社に異動後、リフォーム産業新聞、工務店新聞の取締役編集長に就任。2012年に退社し、グループの活動に参画。株式会社日本エネルギー機関 代表取締役/株式会社低燃費住宅ネットワーク代表取締役を兼任。

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