INTERVIEW
VOICE FROM vol.2
―高橋守 未来のため一歩先を見据えて―
株式会社高橋牧場
代表取締役 高橋守
代表取締役 高橋守
ウェルネストホームが目指す、未来の子どもたちのために向けた持続可能な暮らしとまちづくり。そこで私たちと理念を同じく、丁寧な時間と暮らしを育むヒト・モノ・コトから、最良の未来へとつなげるための共通項を見つけていきます。
今回お話を伺ったのは、羊蹄山に昆布岳にニセコアンヌプリと、雄大な山々に囲まれた北海道ニセコ町で「株式会社高橋牧場 ニセコミルク工房」を運営する高橋守さん。故郷の発展に尽くし続ける高橋さんは、ウェルネストホームの早田が取締役を務める、持続可能なまちづくりに挑戦する企業「株式会社ニセコまち」の代表取締役社長でもあります。幼少期から牛たちと暮らしてきた故郷、ニセコ町。その生まれ育った町での営みから、100年先の環境まで見据えた、よりよい暮らしの育み方を探ります。
外からのフィルターを通して、豊かさを知る
朝になれば霜が降り、そろそろ根雪の入りになる季節。「高橋牧場」を目指してニセコ町市街地から車で5kmほど北上すると、街のシンボルである羊蹄山が近づいてくる。牛舎から顔を覗かせる牛たちを横目に車を降り、寒さに負けず青々と広がる牧草地帯をふと見上げると、雲の隙間から青空が覗く。
朝10時。朗らかな顔で迎えてくれた高橋さんは、既に午前の仕事を終えたという。
4人兄弟の末っ子として生まれた高橋さん。「この家業は兄たちの誰かが継ぐだろう」と、学生時代は全くといっていいほど牛の世話や手伝いはしなかったそう。朝から夜まで働き詰めの両親の姿を見ているからこそ、この仕事が大嫌いで都会に出て行きたかったという。
けれども今となっては、餌を求めた牛たちが大きな体を起こす早朝になれば日々牛舎に向かう。そして、挨拶がてら牛たちの一つひとつの仕草に目を配る。耳は垂れていないか、目に光は宿っているかー。些細な表情の変化を見逃すことが牛飼いにとっての命取りになると話す高橋さんだが、その直感力は子どもの頃から牛たちと一緒に暮らしてきたからこその賜物なのだろうか?
そんな質問を投げかけてみると「牛じゃなく人でも同じじゃないかな。例えば『おはようございます』の声のトーンがいつもと違うと、『おや、今日は調子が悪いのかな?』って思うじゃないですか。それと一緒なんですよ」と顔がほころんだ。
かつて都会に憧れ、地元を離れたいと思っていたのは若さ故だったのか?そんな問いに対しては「いや、この豊かさを当たり前だと思っていたんです」ときっぱり。「小学校のときに先生から『こんなに美しい羊蹄山を見て暮らせるなんて、すごくいいところに住んでいますね』と言われたことがあるんです。でも、この暮らしが普通だと思っていたから、当時は響かなかったんですよ」と続けた。
半世紀以上も前に小学校の先生から何気なく言われた言葉が、今なお高橋さんの記憶の片隅に留まっている。それは、自分が暮らす町を俯瞰して見られるようになったことで、豊かさの根源を噛み締めるようになったからではないだろうか。
手をかけた分だけ、人も自然も変化する
牛の世話も手伝いもしなかった少年の気持ちが大きく揺らいだのは、高校三年生の夏。既に就職も決まっていた高橋さんだが、ニセコ町で開催される「共進会(各地で開催されている産物や製品の品評会)」 への出場を兄が決めたことで、その手伝いをすることとなった。
「やっていくうちに、面白いなぁと興味が湧いてきて。そしたら雑種の牛の部で優勝したんです。カップとメダルに大きな優勝旗までもらってね」。そう牛との思い出を語る高橋さん。「この仕事は、好きじゃなきゃできないですよね。牛たちが好きだから、大変だとは思わないんです」。
共進会での優勝が呼び水となり、勤め人になりたいという兄たちとの思惑も一致。牧場を継いだ高橋さんは、辞めていく近隣農家の土地を借りて規模の拡大を試みていくが、ふと、あることに気づく。「見た目では分からないけれども、土地を借りた瞬間に土の力がないことがわかるんです。昔は畑作農家でも豚を飼っていて糞を肥料にしていたんですが、いつしか化学肥料だけに頼るようになってね。そうすると土って痩せていくんです」。
農家の人たちが堆肥を入れなくなれば、絶対に土地は痩せる。そして農家の経営は厳しくなる。そう感じた高橋さんが当時の町長に働きかけたことで、1999年にはニセコ町に堆肥センターができた。今の未来を30年近く前から危惧していたのは、自然と暮らしてきた直感からなのかー。
さらにはニセコ町の土が痩せてきた原因は、肥料だけではない。売れ行きのよい作物ばかりを栽培し続けることも土にとっての負担になるが、売上だけを考えた結果として土が痩せ、廃業を余儀なくされる農家が増えたという。「目先のことを考えてばかりじゃね…」。そう話す高橋さんは、どこか哀しげな顔を覗かせた。
好きだから、町も仕事も受け継いだ
かつては町長選にも立候補するなど、ニセコ町で働く人々、暮らす人々にとっての最善を考え実行に移してきた高橋さんは、郷土愛を体現した人物に見える。
「やっぱり自然の恩恵がダイレクトに伝わってくるところが、ニセコ町ならではの酪農なんですよね。牛は相当量の水を飲みますが、羊蹄山や昆布岳などの山々に囲まれているからこそ、この伏流水のよさがミルクにそのまま出るんです。これまで自分が自然の恩恵を受けて生きてきたことが、牛を通してはっきりとわかったんですよ」。そう話すよう、高橋さんは牛たちとの暮らしを通して「食=郷土」だと悟った。
高橋さんは今、農業に携わる働き手の育成に力を入れている。高橋牧場では海外からの研修生も多く受け入れているが、彼らが一緒に働く仲間として言葉や文化の壁を乗り越え、そして一緒に暮らす町の一員となれるよう、人を育てる教室を開講したいと話す。「海外の人でも日本で学んで日本で起業して…というシステムができれば、仕事も町も維持することにつながるんじゃないかな」。
取材途中で海外から先週やってきたばかりという研修生に出会ったが、これから彼女はこの土地で何を学び得るのだろう。食が郷土そのものを体現しているならば、その土地を牽引する人も育てていかなければー。そう考える高橋さんの暮らしが豊かに見えるのは、自身が愛する郷土や土地を守り続けているからなのではないだろうか。
常に一歩先の未来を見据え、この町とこの町で生きる人々を想う。よりよいまちづくりを目指す高橋さんの1日は、今日も牛舎から始まる。
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